お松明
:祇園天王神社(舞鶴市城屋)



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 毎年12月14日に行われてきた、城屋の天王社の「お松明」と呼ばれる神事。舞鶴市小倉の冨留山神社に伝わる「お松の神事」、三本の松明の燃え方具合によって来年の作物の豊凶などを占う神事の最も素朴な原形かと思われる。
「お松の神事」をちいさしたようなモンや、なとど言われている。

天王社の参道


 天王社(『丹後国加佐郡寺社町在旧起』『丹哥府志』は午頭天王)は、城屋側から見れば、真壁峠の登り口にある小さな祠で、街道から木の鳥居が見える。
参道へ進まず、鳥居の手前の山道を少し左手へ行けば、リンボクが一本自生していて、照葉樹林帯の遺存植物として市の天然記念物に指定されている。国の天然記念物に指定されてもいいような貴重な木という。

リンボク

リンボク
『舞鶴市史』は、
 〈 リンボク(城屋)
Prunus spinulosa Sieb et Zucc

 城屋の天王社の山の自生木である。この木は地元で発見され、昭和二十一年、本田正次東大教授が来鶴、視察して、その価値が認められた。しかしその後は人々の記憶から忘れられ、この木の存在の意義を理解する人も少ないので、ここに詳しく紹介しておこう。現地の案内板
この木はバラ科、一名カタザクラ、ヒイラギガシ、また地元ではヒメヒイラギとも呼ばれ、樹皮はカシ(俗名かたぎ)、葉は葉縁が波状をなして一見ヒイラギに似ているところからこの名が冠せられたのであろう。暖地性常緑木で、分布は関東以南、日本海側にあっては福井県を北限として若狭湾に近いところにかたよると、昭和四十四年、林弥栄(「樹木図説」著者)が述べているが、現在ではほとんど存在していないのではなかろうか。その植生について考えるに、この木は照葉樹林帯、ブナ科、クスノキ科の高木類と、林床をなす低木類の中間に存在する木であって、こうした中木は樹冠や根の状態についても、強い直射光がなくて乾燥せぬような環境下に初めて生育が可能といえる。しかも平地の照葉樹林がほとんど失われていく近畿にあって、この木の存在自体が貴重なものと言わねばならない。この木の標準は高さ五メートル〜一〇メートル、胸径二〇センチ〜三〇センチの範囲であるが、このリンボクは高さ一五メートル位胸径は三八セソチ〜四○センチにも達し、標準をはるかに越えている。(写真20)これを学術的に見た場合、分布の中心でない位置にこのような標準を越えた木が存在することと、日本海側におけるかっての照葉樹林帯であったと考えられる標本樹の存在となり、保存的価値は非常に高い。  〉 

 神木のシイの古木。盤根がある。

神木のシイ







天王神社の 「お松明」とは、どんなものか、

『火祭りの里 城屋』に、
 〈 祇園牛頭天王社(亀甲山天王社天王さん)
●位置……城屋小字大谷一九六番地に鎮座
●祭神……京都祇園神社牛頭天王の分霊を請け永福寺の鎮守神として鬼門方位に当る此の地に分祠する。この境内地は永福寺の飛地境内である。この分祠年代は永福寺に保存されている「天王社并薬師金仏縁起」の記載に因るも定かでない。参考の為右縁起を次に転載する。

昌林山永福禅寺鎮守天王社并薬師金佛略縁起
原夫城屋邑亀甲山天王之社地者往昔雖レ為二霊鎮座一代深遠而社堂
及二廃壊一久矣既成二平原墳墓之地一古老伝言幾世歟不詳然而五十余年以
前其邑先弥右衛門曳レ牛而至二彼地一忽有二霊験一加旃或夜詫二先源左衛門
而有二天王之夢想一。感歎之餘到二昌林山一日火夢告二往僧一不レ忍レ捨置之一一郷民
合レ志同レ心而移二墳墓於外一掃二除荊棘而終成土木之功一再建二立天王社至二干
今一庶民修レ奉二宿仰一之霊社也。且闇夜時々有レ光不レ識何謂レ所レ為于時酉六
月廿八日奥山住勘左衛門有二西国順礼之志一。早晨発歩之節二造詣天王
社。庭上有二如レ玉物一捧レ手見レ之為金像。暫思惟而至二永福禅院一
呈二往持一捧レ之而考看為二医王仏金像一是故住持父真首座不レ堪拝感則令二仏
工一作二輪光台座一実奇瑞哉金佛出現放二瑠璃光一矣。仍而奉レ安置天王社一也。
于 明和二乙酉之秋九月穀旦
東山閑隠  恢宗更謹昼  雪臥之印
右別有真筆之記今写焉

●御神体……御神体は小さい厨子(高さ三十六糎、横十七糎、奥行十糎)に輪光台座の鏡の中央に約四糎の薬師金仏が懸けてある。祭礼の七月一日以外は永福寺に奉安されているが、祭礼当日は夕刻、永福寺住職により本殿に持参安置開帳司祭される。
●社殿改築……分詞年代は不詳。明和二年(一七六五)前記天王社併薬師金仏縁起に因る。文化二年(一八○五)永福寺文書牛頭天王社拝殿再建諸般記に因る。昭和三年(一九二八)棟梁坂根政雄(政二郎家)間口二米、奥行三米の差卸し礼拝所付で屋根は銅板葺に替え、内陣は元のまゝなり。
●石段……社殿のある所より下二十九段は旧来よりの石段で、下方三十二段は昭和三年(一九二八)に増設されたものである。
●神木……椎の古木で石段を登り詰めた右側にある。根廻り約五米、樹高約二十米、樹齢約三百年位かと思われる。樹幹に孔が多く老衰の兆候が見られる。
●広場跡地……参道の石段十六段を昇った左側に現在は樹木が生えているが広場跡がある。古くは祭礼当日は櫓太鼓を引揚げ、草相撲や踊りなどで大変賑わった跡地である。
●籠堂跡地……石段三十二段昇った右側にも、樹木が生えているが広場があり、往時床上十六畳、土間四畳、草葺屋根平屋建の籠堂があったが籠る人も無くなり、浮浪者の宿泊場所となるなど、維持管理が煩わしくなり、大正五年頃(一九一六)解体し河原奥山地区の集会場として登尾橋畔の井上庄五郎家の田に移築されたが、昭和初期に壊されて現在はない。
●経塚……籠堂跡地の一隅に経巻を埋蔵したと言い伝えられる石塔がある。石で固められた台座の上に、高さ二十五糎、四十三糎角の台石上に高さ五十三糎、二十四糎角の塔石が建っている。
 刻字 判然としないが次の如く見える。
   正面   大乗経□□塔
   向って左 □昌林孝獄□
   向って右 為国家安全五穀豊穣
   裏面   不明
 右のように建立の年月が判然としないが天明元年(一七八一)七月二十七日畿内に大風雨壷内平四郎家古文書、天明四年の大飢饉があるうえに右の刻字に「□昌林孝獄…」と読めることから永福寺住職第七世孝獄和尚の在位中、宝暦七年(一七五七)から天明八年(一七八八)が衆生救済のため発願、五穀豊穣を祈願して大乗経を納め塔を建立されたものと推測される。
●行事……祭礼、七月一日夜祭、半夏生祭とも言う。青年団員により幟建、櫓太鼓の奉納等の行事を行う。太平洋戦争後暫くまでは、夜店も出たが今は途絶え祭も寂れた。
●お松明 … 往時は十二月十四日であったが、現在は近接の日曜日に行なうようになった。当日は社寺総代司祭の許に七組が毎年輪番で、麻殻百二十匁(四五○グラム)、長さ一尺二寸(三六・四糎)、三ヵ所を結わえたものを六尺七寸(二米)の枝葉三段付いた青竹に早生、中生、晩生の札をつけた三本の松明を準備して、社前南西面広場に建て、正午を期して点火し、燃える状態により台風、病虫害等豊凶を判定する行事である。
●稲虫送り……現在は行われていないが往時は七月中頃、村役人数人が六賽鐘を叩いて登尾橋より瀬ケ谷に至り、旧坂根伊左衛門家にて小憩し赤い星峠からホノゴ峠を越えミヤ谷より天王山に到着し、虫害の軽減を祈願し、日没と共に御神灯の灯を学童の持参した「カンガラ」(和紙の原料の〔カゴ〕こうぞの皮を剥いだ殻)という松明に移し、行列を作って天王鼻より広道を廻って野村寺辻地蔵尊の手前の字境にて待機する野村寺の学童に引渡し由里境で終了した。
 因に高野由里は中道地蔵尊の前で点火、高野川添いに下流に進み、途中女布の送り火と合流し、公文名松ケ崎の川原に残り火を集め燃やして終了した。この稲虫送り火行事は大正中期頃(一九二○頃)まで続いて途絶えたようである。
●その他……昭和三十年頃(一九五五)永福寺の改修費に立木の一部を売却充当し翌年跡地に杉苗を補植した。このように天王社境内は永福寺の飛地であり、生育する立木は原則として寺の造改築、又は徒弟養育の費用以外には利用しない不文律である。
●清掃……上地と下地組の分担で二人が輪番で一日と十五日に清掃奉仕する。  〉 





              




お松明(城屋・天王社)


お松明(城屋・天王社)


お松明(城屋・天王社)


お松明(城屋・天王社)



お松明(城屋・天王社)


お松明(城屋・天王社)








              
















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